現代美術にみる身体性としてのテクノロジー
A Study on Technology Including Pysical in Modern ArtWork ; “Inside”
序 論
21世紀を目前に控え、テクノロジーによって大きく発展を遂げた私たちの社会は、その社会の作り手である私たち人間を巻き込みながら、大きな変容を遂げようとしている。そして、いま、大きな時代の変容だけでなく、私たちの身の回りの身体観も変わり始めているように見える。さまざまな新しいメディアによって、人々を取り巻く日常世界の現実感が、微妙に揺れ動き始めているといわれているが、現実に近づきつつある電子社会は人間の身体感まで組み替えようとしているのだろうか。その影響は現代芸術にどうに反映されているのだろうか。
産業革命以降、発展を遂げた社会は、一面的な物質文明の中で大きく膨れ上ってきた。そこにある姿は、表面 的な価値観の上に成り立っていたように思える。そこでは、人間の意識と環境が別 々に発達し、機械的で無機的な関係がそこにあるのみで、意識と対象との内的な対話が十分になされていなかった。それが、マシンエイジと呼ばれる時代をつくりあげてきた過程にみられる特徴であるだろう。こうした問題点を抱えながら発達してきた社会は、20世紀後半になり更に新しい電子メディアというテクノロジーの登場を迎えることになる。私たち人間は、この新しい電子メディアの登場によりまたその価値観の変換も迫られている。この新しいテクノロジーは、人間の身体観をも変え、まったく新しい意識を人間に与えようとしているように感じられる。それは更に、マシンエイジがつくりあげてきた片寄った社会の忘れられたもう一つの側面 を補足し、新たな次元となる環境を作り出す可能性を秘めたものであるだろう。これからは、その新たな技術とともに、精神的であり肉体的である人間としての関わりを、築いてゆく必要がある時代にいるといえる。そして、その中でのメディアアート、テクノロジーアートを含む現代美術の役割は、テクノロジーと人間の関係を結び付けるものとして意義のあるものになるのではないだろうか。
まず、20世紀芸術において、一体何が、どのように決定的に変わってしまたのかについて、考察する必要がある。そして、その原因はどこにあるのか、時代的背景と照らし合わせながら、その関係を検証してゆきたい。そのことは、実は単に芸術上の問題であるばかりではなく、私たち自身の身体と生命に対しる知識をも変えてしまい、あるいは、いまもなお変え続けていることであり、そうしたことが再び問い直されている。ある意味で、芸術の世界においてこそ、身体や生命、人間の概念の変容が最も明瞭な形で現われているといえるのかもしれない。身体や生命がどのように捉えられるようになっていったのかが、そして何よりも人間の概念の変容そのものが、芸術の流れの中に鮮明に写 し出されていると考えることができるのだろう。更に、私たちの身体認識やメディア概念の背後には、まだ私たちが感知することのできないものが隠されていて、新しいメディア・テクノロジーは、人間の根本的なありようを新しい意識として提示しようとしているのかもしれない。20世紀の芸術と技術の問題は、そこに大きく関わっているのではないだろうか。
修士過程2年間のまとめとなる修了制作は、私の制作テーマである身体や生命というキーワードを、メディアを用いて制作を試みている。そこは人間誰もが経験している胎児期の空間であり、それをテクノロジーというフィルターを通 してつくりあげられたものとなる。それは、単に身体や生命をモチーフとして再現したものにとどまるものではなく、鑑賞者の人間としての意識に語りかけるものであり、そこに精神との対話が発生してゆくことを主旨とする。それは人間が根本的にもっていたリアリティを揺さぶると同時に、私たちの身体の中に眠っている記憶を呼び覚まし、その手段としてメディア・テクノロジーというものを利用してゆく。
そこで表現される世界は、モニターの中の視覚のみによる二次元空間にとどまるものではなく、空間化し体験を与えることにより、より身体との関わりを強めるものとなる。その素材として音、水、光などを用いその効果 を高めてゆくが、それぞれの素材が人間の身体、あるいは精神に及ぼす影響、あるいはそこで生まれる関係性についても考察してしてゆく必要があるだろう。このように、この論文の中では、自分の制作の手段としての素材を、それが担う効果 について考察してゆきたいと思う。そして、この修了制作を、その背後にあるそれぞれの関係性と時代性の中に位 置付けてゆくことに意義があると感じている。
現代という社会構造の背後にあるテクノロジーの変容は、人間に何をもたらし、芸術表現にどのような影響を与えたのか、ここで明らかにしてゆこうと思う。そして、具体的に、人間の身体に関わる作品をあげながら、今という時代を照らし出してゆき、現代美術はどのように社会と関わり、人間との関係を築いてゆくのかを、具体例をみながら模索してゆきたい。