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現代美術にみる身体性としてのテクノロジー


A Study on Technology Including Pysical in Modern Art
Work ; “Inside”

第四章 修了制作報告

第三節 修了制作 《Inside》

 今回の修了製作は,修士課程での2年間を結集したものとなるわけであるが,ここまでも述べてきたように,大変個人的な出来事である妊娠,出産の体験が,作家としての自らの世界観を形成し,作品制作に大きく反映されてきたといえる。その体験によって築かれた世界観とは,突然に生まれたものではなく,以前から関心を抱き直感で感じとっていた人間の生命の神秘性を,体験を通 して確信するに至ったものである。

 ここでモチーフとして扱われているのは,妊娠中の記録によるものである。その記録は,芸術として表現される以上,記録の再現の域を越えて観賞者との精神的コミュニケーションが成立する場として提案される。ここで,前提となつてくるには,観賞者の全てが胎児期を経験しているということである。つまり,胎児期の記億に眠る潜在意識レベルでのコミュニケーションといえるかもしれない。そして,さらに音,映像,光,水,これらを素材とし,観賞者を空間として取り囲み体験を与えるというインスタレーンョンの手法にて表現した作品である。ここからは,具体的な作品についての構造を,図版をまじえながら述べてゆくことにする。

 このインスタレーションは,2つのプロジュクターから投影された画像によって構成されている。1つは光のオブジェとして,構造体の内部から白色アクリルの球面 に,制止画像のスライドをスライドプロジェクターから投影したものであるく図版 次ページ〉。そこで扱われる制止画像とは,妊娠中に撮影した胎児の超音波断層写 真であり,妊娠2ケ月日から臨月までの胎児の姿とデータが順に投影されてゆく。そこで使用されている回転式スライドプロジェクターは,10秒間隔で1枚ずつ送られるようタイマーに接続されている。

 プロジェクターからの光は,まずプロジェクターの前に設置された鏡に反射し,角度を変え上方へ向かう。そして,スクリーンとなるアクリル球面 に到達する途中に,水の入った透明アクリル容器を通過することで,アクリル球面 には,スライドプロジェクターの画像がゆらぎなら写り,同時に水を介して起こる光の現象が現れることとなる。そこで起こる水の現象とは観賞者がアクリル半球に触れることでその下にある水に振動が伝わり,水面 に波紋が起こることによるものである。それまで静止していた画像が,手で触れることによってこるで生命感を帯びたかのように動き出す。つまり,観賞者の触れる強さと波紋の大きさはインタラクティプに働き,触れる度にアクリル球面 に現れる水の現象は,堅いアクリルが,まるでカエルの卵か何かのように柔らかいものに触れているような錯覚を覚える。

 このオブジェで表現しているのは,羊水の中に浮かぶ胎児の生命感であり,超音波断層写 真のデジタル画像を有機的なものに変換したものであると言える。さらに,妊娠9ケ月日に録音した,胎児の心臓音がオブジェの内部より流れ,胎児のメタフアとしてのオブジェが存在している。

 それに対して,もう一つの画像とは,妊娠中の自らの腹部をビデオにて撮影した映像をもとにビデオプロジェクターで壁面 に投影したものである。そこで写し出される腹部とは,胎児が中で動く度に,その動きが皮膚を通 じて外に現れる状態のもので,腹部のシルエットが大きく歪むのが見て取ることができる。その映像とは,効果 を高めるためにコンピュター(Machintosh,Video Shop使用)により,腹部の映像と,水面 に写し出された太陽の光の映像を、フェード・イン,フェード・アウトをかけながら画像合成し,お腹の内部が生命の光を放っているかのようなイメージを作り出している。

 その映像は,オブジェの背後の壁面に写し出されるのであるが,オブジェの前に立った観賞者は,背後から投射されるプロジュクターの光の影となり,腹部の映像の中に観賞者のシルエットが浮かび上がる。そのビデオプロジェクターからの映像は,2分間流れ,その後1分間は停止し又繰り返し2分間映像が流れるように設定し,その場の空間に変化を与えている。胎児のメタフアとしてのオブジェからは胎児の心臓音が流れていることはすでに述べたが,母親の腹部の映像が投影されるときは,スクリーンの両側に設置されたスピーカーから,母親である私の心臓音が会場に鳴り響くようになっている。その時は,胎児の心臓音と母親の心臓音が重複した状態であり,それは妊娠中の母親の身体の中で起こる2つの生命の共存を表しているものでもある.

 生命体としての胎児のを象徽した一つのオブジェと,胎児を身ごもる母親の映像,また胎児の心臓音と母親の心臓音,それぞれが奏でる事で起こる共鳴は,母親と胎児の共生の神秘性,生命を産み出す機能としての身体を再認識することとなるだろう。

 ここで使用されている光と水は,人間の心の輿を触発する原始的な素材として存在し,また音と映像によるテクノロジーはさらにその効果 を高める役割を担っている。タイトルである 《Inside》は,子宮の中の“内部”であり,観賞者の心の中の“内部”である。この空間の体験によって,観賞著それぞれが,自分のこころの内部と触れることができたのなら,それは成功したといえるのかもしれない。